美容外科でのバストアップ 術 【パーフェクトインプラント】(バッグ治療)を成功させるポイントは、術後の痛みの管理、被膜硬縮の予防、術後のバッグ位置調整の3点です。バストアップの手術は美容外科の治療の中で術 後のフォローにより最も結果が違ってしまう手術と言われており、この3点が重要です。術後の痛みを緩和させるため、癌の痛み治療に使われる治療を応用することで体の負担と痛みを最小限にしています。 また、湘南 美容外科では手術後の被膜硬縮を予防するため、超音波マッサージと、胸を柔らかく保つ薬を2ヶ月服用していただくことで、柔らかさをより保つ努力をしております。この超音波マッサージによって、バッグの微妙な位置を調整するも可能なため、美しさを最大限引き出すことが可能となります。胸の問題は美容外科の治療の中でも非常にデリケートだと言われています。湘南 美容外科では、この他にもご自身の脂肪幹細胞を利用したバストアップや、プチバストアップなど、さまざまな方法でご要望にお応えしています。まずはカウンセリング時に じっくりとご要望をお聞かせください。
―― 女性の悩み、それは20代から垂れ始めたという胸。
かなり重力に引っ張られているという感じ
鏡を見るのも憂鬱
―― 53歳の女性が挑んだのはバストアップ手術。期待と不安に断ち切れんばかりの胸は。
―― なぜ熟年整形を彼女は選んだのか、バストアップ手術にかける女性に密着しました。
【 大阪市 】
―― 大阪市に住む岩城優子さん53歳。大きな悩みがあると言います。
やっぱここ (胸) が全然ないですから。
年齢を重ねるにつれ、胸が垂れてしまったというのです。
―― 岩城さんがアルバイト先で知り合った1歳年上の男性と結婚したのは19歳のとき。当時はDカップの胸に自信があったと言います。
胸が昔、自信があったからだと思う。
綺麗だったという、そのイメージが自分の中にも残っているので。
―― しかし、20代で3回の出産を経験すると、徐々に胸の形に変化が訪れたというのです。
胸に関しては、私は青春時代がなかったのと同じで。
―― 若くして出産を重ねた結果、20代で垂れてしまったという胸。しかし、そのことが耐えられなくなったのは、40歳で離婚をした後のことでした。
胸が一番最初に気になり始めたのは、彼でしょうかね。彼が若いっていうのがあるので、いつも悪いなというのがどこかにあるんですよね。
―― 離婚の辛さを忘れさせてくれた、18歳年下の彼(当時27歳)、岩城さん当時45歳。交際が深まるにつれ、肉体の衰えに耐えられなくなったと言うのです。
かなり重力に引張られてる感じです。努力しても、変えることはある程度、痩せるとかってできるけど、あの、胸だけはどうにも自分ではならないので、これは最後の自分としたら、選択肢かなと思ってます。
―― その、選択肢とは・・・。
だいたい何カップぐらいになりたい?
―― 東京新宿区の美容外科クリニック。岩城さんは医師とのカウンセリングに望んでいました。
例えば大きさをこう変えて・・・。
―― バストアップ手術の相談です。
―― 医師がパソコンを使って、手術後の胸の形のシミュレーションを行います。
大きさ的にはどうですか?
ここがほしい。
上ですね。分かりました。上のほうですねー。
―― 岩城さんが選んだのは、このフランス製シリコンバッグ。万が一、中身が破裂しても、中身が流出しないタイプだといいます。
これを入れることによって綺麗になるのかな・・・。
―― 53歳で決意したバストアップ手術。これに対して周囲は。
今さらと思う部分もあるけど、でもまあ、別に、あの、したいんだったら、したらいいと思う。なんでそこまでして綺麗になりたいのって思うんだけど・・・。
―― このクリニックによると、バストアップ手術を受ける患者の半分は50代以上の熟年層だといいます。
授乳期ってお胸が一旦大きくなるんですよ。
で、大きくなったお胸を自分で見てて、それで子育ての段階で萎んじゃうんですよね。それでやっぱり女性として今まで大きかったものが、急にこう、しぼんじゃうとですね、ちょっとこう寂しい感じがして、元の張りのある胸に戻してくださいって・・・。
―― 岩城さんも、子育てが終わった今だからこそ、胸を元のように戻したいと力説します。
なんで50代が、胸がおっきかったらおかしいの?って。オンナであったらいけないの?って思ったから。
―― 3月20日。東京の桜の開花宣言がされたその日。岩城さんは、手術台の上にいました。